宗教や哲学思想に興味のなかった私

 
  私は若い頃は宗教や哲学というものにはたいして興味がなかった。
  大学はミッション系で、一般教養科目で聖書を学んだりもした。
  家には仏壇があり、先祖が見守ってくれているという信心はあって
  仏壇に手を合わせることはあったが、仏教思想については何ら関心が
  なかった。若気のいたりで、そんなことに関心を抱かなくても脳天気に
  過ごして行けたのである。

  そんな私が「心の成長期」に突入したのだろう。公私に渡って、いろいろ
  悩んだり考えたりする機会が訪れるようになった。
  

 私が東洋思想に興味をもった訳@ (プライベート面)


 ・ ストレス社会のせいか、はたまた更年期の始まりか(?)30代後半に
   なって時々ブルーな気持ちになっていた時に、相田みつを氏の書詩に
   心が癒され、氏の人生観が禅宗に基づくことに興味を持つ。

 ・ 実父の心身の病に直面して苦しんでいた時に、飯田史彦氏の著書に
   出会い、人生観において大きな影響を受ける。いかなる宗教にも属さ
   ないという氏であるが、輪廻や因縁など東洋的な考え方であると感じる。

 ・ 自分が交通事故に逢い、死生観について考えるようになる。
   「生きているだけで有り難い」と日々の何気ないことにも感謝するように
   なる。

 ・ 自然体で楽に生きることを解く小林正観氏の考え方に出会い、著書にも
   いろいろな仏教思想の解説が出てくるので一層興味を持つ。

 ・ 同時多発テロ以降、人生観が変わってきたニューヨーカーについての
   記事を読む。日本でも「心の時代」と叫ばれるようになる。

 ・ 村山節氏の文明周期説を知る。「現代は西洋文明から東洋文明への
   パラダイムシフト期で、尚且つ、両者が融合していく時代」という説が
   自分の感じていることに何か当てはまる気がする。

 ・ 映画「ラストサムライ」を観て、失われてきた日本古来の美徳について
   考えさせられる。自然と調和して誠実に生きる日本独自の精神性は、
   儒教・仏教・神道が相まって培われたものだと感じる。それと同時に、
   今の時代にアメリカがこの映画を作り、世界中の人々の共感を得ている
   ことから、世界が潜在的に求めているものをどこか心の奥深いところで
   感じる。
 

 私が東洋思想に興味をもった訳A (仕事面)


 ・ 自分の接客業務の感動経験を生かすべく、接遇研修講師としてスタート
   し、接遇とは「思いやりの心」を「形」に表すことで、まさに儒教思想の
   「仁」と「礼」であると感じる。

 ・ 安直にアメリカ型経営手法を真似て、人をモノのように切り捨てる時代
   になり、愛のない殺伐とした社会に傾倒してきたことで、働く人々も企業
   も元気を失い、悪循環に陥っているような気がする。日本とアメリカでは
   歴史や思想背景が異なるにも関わらず、精神性を捨ててアメリカの背中
   を追ってきたツケが回ってきたのではないか。

 ・ モラルを欠いた企業の事件報道を見るたび、日本がエコノミックアニマ
   ルへと堕落したのは、宗教心と道徳心の喪失が原因ではないかと
   感じる。

 ・ 生き生きと働く人材の育成には、危機感に訴え脅して導く「恐怖経営」
   ではなく、自分自身や周囲の人を大切にし幸せにしたいという誰もが
   抱いている「豊かな心の願望」に訴えかけることが必要だと思う。また、
   人は現にそれに気づき、「生きがい感」を求めている。
   やはり、「モノ・技術・カネ」の西洋文明から、「生命・環境・心」の東洋
   文明にパラダイムシフトしていくべき時だと感じる。


 相反する価値観の中で


 ・  すべての人にはこの世に生を受けた時点で尊い存在価値がある。
   力んだ目標設定をせずに、周囲のすべてのことに感謝し、流れに身
   を任せ、無欲で自然体に生きることを説く仏教思想に共感し、心の
   安らぎを感じる。

 ・ しかし、その一方で個人のキャリア形成にしろ、企業経営にしろ、目標
   設定なしでやっていくことなどあり得ない。自己実現を目指して目標を
   設定することは重要であり、研修でも常に訴えかけてきた。

 ・ 「No.1にならなくてもいい。元々特別なOnly One」というSMAPの歌にも
   心がジーンとするほど感動し、相田みつを氏も同様のことを説かれて
   共感したことを思い出す。

 ・ しかし、現実には人は勝利を目指す。試合では優勝を目指す。入試では
   合格を目指す。企業は付加価値競争を意識する。勝利の喜びを目指さ
   ない無欲の生き方で充足感が得られるとは思えない。私はこの仕事を
   通して、ポジティブな生き方と「プロとしての自負」を追求しているのだ。

 ・ こうして自分の中に相反する価値観が存在し、悶々とする。私の仕事の
   目指すものは? 人生の真理とは? 
 

 ロゴスとレンマ


 ・ そのように自分の内側で考え悩んでいるうちに、ロゴスとレンマについて
   知る。

 ・ 
ロゴスの倫理は西洋のユダヤ・キリスト教の倫理で、「A」か「非A」か、
   「善」か「悪」か、という二者択一の考え方だという。


 ・ レンマの倫理は仏教倫理で、「A」は「非A」があってはじめて存在し、
   「非A」は「A」があってはじめて存在する。全てのものは互いに相まって
   存在しているという全体調和的考え方だという。

   「色即是空、空即是色」この考え方は何となく分かるような分からないよ
   うな・・・ 一生懸命に考えているが、まだよく理解できていない。しかし
   「右か左か」という私にとって、レンマの倫理は目からウロコの捉え方
   だった。
   

 所感


 ・ 東洋思想には無限の奥深い広がりを感じる。

 ・ 儒教から学ぶこと⇒ 仁(思いやりの心・相手を敬う心)と礼(形にして
   表現すること)を大切にし、自分にも他人にも恥じない誠実な生き方を
   する。

 ・ 仏教から学ぶこと⇒ 全てのことを「有り難い」と感謝し、「袖振りあうも
   他生の縁」であることを意識して周囲の人との関わりを大切にする。

 ・ 神仏に身をゆだねて自然体でいるという無欲も、自己実現を求めて
   精一杯頑張るという私欲(意欲)も、レンマの倫理によって導かれる。
   「天命に安んじて人事を尽くす」 
   自分の力のみで人生を切り拓いていけるというおごりを捨て、自分の力
   の及ばないこと、目には見えない力や有り難い周囲の力が作用している
   ことを認めて、それらの力(縁)に感謝しながら、自分にできることを一生
   懸命に誠実にやっていく。
   そして「情けは人の為ならず」 自分が出したものがそのまま自分に還っ
   てくる。自分が幸せになりたければ、人の幸せを追求する。
   これが、今の私が一番納得できる考え方だと解った。

 ・ グローバル時代に生きる私たちは東洋思想と西洋思想を融合した
   新しい考え方が必要だと思う。ものごとを1つの側面からだけ見たり、
   ある1つの考え方だけにとらわれたりしないように。
   「過ぎたるは及ばざるが如し」 バランス感覚を大切にしたい。
   
 ・ いろいろな宗教なり哲学思想なり、自分にフィットするようにミックスしたり
   アレンジしたりしてもいいと思う。こうした考え方は、何か特定の宗教に
   限って、敬虔な気持ちで信仰している方には理解して頂けないかもしれ
   ない。しかし、正道・邪道など元々ないと思う。様々な宗教を含む哲学や
   偉大な先人たちの教えを「生きる智恵」として学び、自分が幸せな人生を
   送るために活用して、独自の人生哲学を築くことが大切だと感じる。
 
 ・ そして、キリスト社会も、イスラム社会も、仏教社会も、それぞれの考え
   方をよく知り、ロゴスではなくレンマ倫理で互いを尊重し合って共存する
   よう努めることがグローバル時代の世界全体に必要だと思う。
   アメリカのブッシュ氏も東洋思想を学んで理解し、もっと対話してほしい。
   世界の中のいろいろな対立を考える時、「善」と「悪」、「正義」と「テロ」
   というロゴス倫理は通用しないから・・・


 年を重ねていくうちにいつかこんな私になれたら

 
  もはや
  できあいの思想には倚かかりたくない
  もはや
  できあいの宗教には倚かかりたくない
  もはや
  できあいの学問には倚かかりたくない
  もはや
  いかなる権威にも倚かかりたくない
  ながく生きて
  心底学んだのはそれぐらい
  自分の耳目
  自分の二本足のみで立っていて
  なに不自由のことやある

           茨木のり子「倚かからず」